「一食十色(いっしょくといろ)」は、「自分の『一食一色』を持ち寄り、『一食十色』に色(=選択肢)を拡げていく」という意味合いを込めて、猫舌堂が作ったことばです。
病気や手術などで食事に悩みを抱えたとき、
「みんながどうやって食べているのかを知りたかった」
「ほしかったのは、『正しい情報』よりも『選択肢』」
「選択肢があれば、あんなに心細い思いをせずに、心にゆとりを持って自分に合った食べかたを探せたはず」
そういった猫舌堂代表の柴田自身の経験から、この企画は始まりました。
5回目を迎える「一食十色」color.5 のテーマは、
「歯列矯正と熾烈(シレツ)なる食生活の工夫」
今回のゲストは、歯列矯正治療中の21歳のおふたりです。
治療用器具を年単位でつけ続けているおふたりにとって、食事や食後のケアのお悩みはつきもの。人知れず編み出した、様々な工夫をご紹介いただきました。
治療の痛み、不便さと付き合いながら日々の食事や口腔ケアに向き合う彼女たちのお話から見えてきたのは「自分を好きになる」ことの大切さでした。
そでん
さくら
※今回、さくらさんはイラストでの登場です♪
1.好きな自分であるために。憧れの「Eライン」を目指して
治療は、上の歯がメインです。八重歯があり、もともと口腔が狭いので、上の歯を両端1本ずつ抜いて。前歯も少し削って隙間をつくり、隙間を埋めながら全体を整えています。
ブラケット(ワイヤーを歯に固定する器具)は、自分では取り外しできないのでつけっぱなしです。最初の頃は軽い痛みと違和感がありましたが、4年目の今は痛みも違和感もなく生活しています。
私はまだ、矯正を始めて1年と少し経ったぐらいです。
上下各2本ずつの歯を抜いて、さくらさんと同じく、ブラケットにワイヤーを通しています。1カ月前には、アンカースクリューというネジを上あごの骨に入れて、前歯を引っ込める治療を始めました。正直、まだ違和感と痛みがあります。
口元のコンプレックスは、小さい頃からありました。
口全体が前に出ていると感じて、素敵な人の「Eライン*1」に憧れていました。口元はずっと治したかったのですが、両親には「治さなくてもきれいだよ」と反対されていて。
でも、大学生になり一人暮らしも始めて、マスク生活で口元も見えにくくなったこのチャンスを逃したくなくて、両親を説得しました。
*1 Eライン:横顔の鼻先と下アゴの突端部を直線で結んだラインのこと。横顔から見て、人差し指を鼻先とアゴ先にまっすぐ付けた時に唇が人差し指につかない・もしくは少し触れる程度の状態が理想のEラインと言われています(出典:品川美容外科)
「Eライン」は私も気になりますね! 私がEラインという言葉を知ったのは中高生の頃。
洋楽が好きで、アメリカやヨーロッパのアーティストはお人形さんのようだなと思いながら聴いていました。自分の顔と何が違うのかなと調べたときに、Eラインが違うんだと気づいたんです。
私も、「Eラインチェック」は厳しいです(笑)。
憧れポイントとして、「かわいい」「きれい」とは別に「Eラインがきれい」という軸があって(笑)。石原さとみさんのようなラインには本当に憧れます。
私の憧れは、宝塚歌劇団の娘役トップスター、潤花(じゅんはな)さんです。
笑ったときの下の歯と上の歯のラインを「スマイルライン」と呼ぶのですが、潤花さんはこのスマイルラインがとてもきれいなんです。矯正の先生にも、潤花さんのようなラインになりたいと伝えています。
2.悩みは3つ。「噛めない」「飲み込めない」、そして「人目が気になる」
長い野菜には気をつけて! 「小松菜で窒息」事件 ~さくらさんの場合~
矯正器具は取り外しができないので、食べるときには工夫が必要です。
気をつけないといけないのは、ホウレンソウ、もやしなど、細い形状、繊維質の長い野菜ですね。ワイヤーや金属の細い部分によく引っかかるんです。歯と歯の間に引っかかるような感覚です。
先日外食したお店では、長いまま、くるっと巻かれた小松菜が出てきました。
見栄えもよくて素敵な一皿だったのですが、細かく嚙み切れないままに飲み込もうとしたら、案の定、矯正器具に引っかかって。長い小松菜がのどの途中で止まってしまったので、息ができなくなってしまいました。必死で、手でつかんでのどから引っ張り出したんです。
▲「窒息事件」の舞台となった一皿。矯正器具の敵は思いがけないところに(それにしても美味しそう…!)。
強敵は「麺・もやし・肉」・・・それでも二郎が好き! ~そでんさんの場合~
長い野菜、わかる!
あとは、長い麺やお肉の繊維もよく引っかかりますね。それに、お肉は食べにくいだけでなく歯ごたえがあるので、ワイヤーを変えた直後は噛むだけで激痛が走るほど*2。矯正の大敵です。
実はもともと麺類が好きで、特にラーメンが大好物なんです。
なので、麺が食べにくいことには、とても困っていて(笑)。特に対策もできないので、矯正器具に麺がすごく挟まっても気にせず食べて、食べた後に頑張って取り除くようにしています。
最近よく行くのは二郎系ラーメン。麺もスープも全部好き。もやし、麺、お肉、矯正器具の敵が全部入ってますが(笑)食べに行きます。注文は「ニンニクマシマシ、アブラマシマシ」*3で!
*2 ワイヤーを使った歯列矯正では、定期的にワイヤーを交換して調整し、少しずつ歯の位置を動かすそう。ワイヤーを交換すると歯に力がかかり、痛みが出る人も多いようです(参考:南青山 矯正歯科クリニック)
*3「ラーメン二郎」や二郎系のお店での注文の仕方。トッピングのニンニクや背脂などを増量して欲しいときに言う、「マシ」(1段階増量)、「マシマシ」(2段階増量)など呪文のような注文方法が名物です。
▲こちらが、そでんさんお気に入りの「ニンニクマシマシ、アブラマシマシ」。圧巻!
矯正をきっかけに、ラーメンを食べる回数は減った?
減らない(笑)。「あーまた器具に麺が挟まるのかー、嫌だなー」とは思うけど、好きだから食べます。
ただ、一緒に食べる相手が親しい人ならいいのですが、そうではない場合はちょっと億劫になってしまうというか。
食べている自分の姿は自分では見えないから、相手から見たときに矯正器具に食べものが挟まってないかは常に気になります。手で口を隠しながら食べるようになりましたね。
わかる!
私もつい、手で口を隠すのが癖になっています。
3.大公開! 歯列矯正中の熾烈(シレツ)なる口腔ケアの工夫
ラーメン屋は大好きなので割り切って食べるのですが、「食べものが器具に挟まらないかどうか」を基準に食事を選ぶことはよくあります。
例えば、お友だちとの外食で、本当はパスタを食べたいけど相手の視線が気になるからピザを選ぶ、みたいなことはあったりします。さくらさんはどう?
私も、人の目は気になります。
気になるのでお水は必ずいただいて、ごく軽くゆすぐようにして、こまめに飲むようにしています。
歯列矯正の経験のある仲良しの友だちと食事する際は、食べている途中でもスマホのカメラで歯をチェックすることも。食べものが器具に挟まる苦労をわかってくれる経験者の友だちは、ありがたいよね。
理解してくれる友だちはありがたいね。
今、「お水で軽くゆすぐ」という話が出たけれど、歯みがきはどうしてる?
個人的に、外出先での歯みがきには少し抵抗があるので歯ブラシを持ち歩くことはしていません。でも、歯みがきができない環境であっても、うがいをするだけでも全然違いますよ。
家では、普通の歯ブラシで磨いています。器具のくぼみの汚れも取れるように意識しています。矯正前と比べて所要時間はほとんど変わりませんが、歯を磨く回数は増えましたね。そでんさんはどんな歯ブラシを使っているの?
私も、矯正用ではない普通の歯ブラシ。ヘッドが小さく磨きやすいものを使っています。
歯みがきの回数、私は矯正を始めてから増えましたね。頻度が増えたというより、1回の歯みがきで、磨く→ゆすぐの工程を3回くらい繰り返してしまいます。
3回も?
そう、3回も(笑)。
歯みがき粉をつけて磨いてゆすぐ、を3回繰り返すんです。1回磨くだけでは、ちゃんと取れていない感じがしてすっきりしなくて。
1回目は詰まったものを取り除く、2回目は詰まったものが取り除かれた状態で丁寧にきれいに磨く。3回目はそれでもきれいにならなければ磨くといった感じです*4。
歯みがき粉の消費量が増えました(笑)。
そうなんですね。
私はそこまではしないけれど、磨きたくなる気持ちはわかるな。挟まった食べものが歯ブラシに付くのがいやでも目に入るので。
*4 あくまでそでんさん個人の方法です。歯科矯正治療中の適切な歯みがき回数については、おかかりの矯正歯科にてご相談ください。
4.大切なのは「自分を好きになる」こと。~歯列矯正治療について、私たちの想い~
矯正器具をつけていると、食べることやお口のケアで大変なことも、もちろんあります。
でも、1年経っただけでも、矯正をやってよかったと思います。歯が整った分だけ、自分を好きになれています。
私は人の目を気にするタイプなので、矯正治療中の自分の口元についても、どんなふうに見えているのか気になっていました。
今回、自分の気持ちをあらためて言葉にしてみて振り返ると、周りの人は矯正のことをそこまで気にしていないのかな、と思いました。矯正を始めたばかりの頃の自分には、「誰も矯正の見た目を気にしていないから、もっと堂々としてていいんだよ」と言いたいです。
そでんさんの言う通り、意外と誰も気にしていなかったり、見えていなかったりするんですよね。食べものが詰まっている感覚があっても、鏡で確認するとそこまででもなかったり。
歯列矯正、気になっている人は早めにやった方がいいよ、と私は思います。
歯並びがキレイになった後の、「自分が満足できる自分」でいられる時間が長くなることは幸せのひとつの形なんじゃないかなと思います。
これまでの「一食十色」とは趣向を変えて、今回は「病気の治療」ではなく「審美治療」のプロセスで「食べること」にバリアを感じたおふたりのお話をお聞きしました。
命に関わる病気と向き合っている読者の皆さんが多くいらっしゃるなか、「歯列矯正」がテーマとしてそぐうのかどうか、迷いが無かったと言えばうそになります。
ただ、彼女たちが、「自分らしく生きたい」「自分のことを好きでいられる自分でいたい」という心の奥底からの切実な願いを叶えるなかで、痛みや「食べること」の不便、そしてそこから生まれる疎外感、そういったものとなんとか折り合いをつけようと頑張っているのであれば、やはりここは、「生きることは食べること」の猫舌堂の出番だと思うのです。
この思い、ご理解いただけましたら、とても嬉しいです。
対談の終わりに、「今の自分、好きですか?」と聞いたところ、満面の笑みで「はい!」と答えてくれた若いおふたり、オンラインインタビューの画面越しではありましたが、とてもとてもまぶしく、印象的でした。