猫舌堂Webマガジン「一食十色」 color.8

猫舌堂Webマガジン「一食十色」 color.8

2022 ⁄ 11 ⁄ 02

「食べることの悩み」を経験した方たちの対談シリーズ「一食十色(いっしょくといろ)」

今回のテーマは、

がん治療を経験したワーキングママの子育て、仕事と健康管理の両立

ゲストは、保険会社の営業職として働くひろみさんと、がんと向き合う女性のコミュニティ運営とクリエイター業を並行しているゆうこさん

ひろみさんは、娘さんが2歳の時に胃がんに罹患。胃の全摘出手術の後、消化液の逆流、血糖値の乱高下などの後遺症とつきあいながらお仕事のキャリアを積まれています。

ゆうこさんは、妊娠中に乳がんが見つかり、お子さんを分娩した手術台でそのままがんの手術を受けるという経験をされました。

おふたりには、育児、仕事とご自身の体調管理の両立にまつわる紆余曲折のエピソードと、がんを経験したワーキングママとして今思うことをアツく語っていただきました。

※本対談は2022年9月に実施しました

1.鶏のささ身で、はじめての「詰まった!」~ひろみさんの場合~

 

私の思い出の食べものは「鶏のささ身」です。実はいい思い出ではないんですけど(笑)。

 

胃を全摘出する手術後1週間は絶食、そこから水、そして流動食、と食事が進みます。手術後一カ月経った退院直前の献立に入っていたのが、細かく切った鶏のささみのおかずでした。

 手術では胃を全部取り除いて、食道の末端を直接小腸に差し込むようなかたちでつないでいます。手術直後はこのつながった部分が狭いので食べものが通りづらく、時々詰まったりするんですよ。

入院していた病棟は、胃がんや食道がんを経験した年配の患者さんがほとんど。先輩患者さんたちに談話室などでお会いするといつも、「最初は詰まるから少しずつよく噛んで食べなきゃだめよ」とくぎを刺されていました。私自身も、それはもう気をつけて食べていたのですが……。

ささ身の小さなかけらが、食道の途中で詰まってしまったんです。気管が詰まったわけでもないのに息ができないような感覚で、まさにパニック状態でした。個室を飛び出してナースステーションに駆けこんだら、看護師さんたちが「ひろみさんが、詰まったー!」って集まって(笑)、背中を叩いたりさすったりしてくださって。ちょっとした騒ぎになってしまいました。初めて食道に食べものが詰まったあの苦しさは、今でも忘れられない思い出です。

 

2.何が何でも体にいいもの!手作りのグリーンスムージー~ゆうこさんの場合~

 

私の思い出の味は、がん告知直後手作りしていた、野菜たっぷりのメニューです。

私、妊娠中に乳がんを告知されたんですよ。

妊娠がわかってから胸のしこりに気づいたのですが、乳腺の腫れかな、としばらく放置していたんです。その後、精密検査でがんだとわかったのですが、医師からは妊娠を継続しながらの治療はできないと言われたんですね。出産後に治療を始める方法もあるものの、転移が早いタイプのがんなので子どもの成長を見届けることは難しいだろう、とも言われました。

抗がん剤治療ができない、と言われたので、何が何でも体にいいものをとろうと思って作っていたのが、ホウレンソウやグレープフルーツなどを使ったグリーンスムージーです。他にも、野菜たっぷりのラタトゥイユを作ったり、がん患者さんが一度は試すと言われている(笑)ニンジンとりんごをすり潰したジュースを飲んだりもしていましたね。治療ができないのなら、と「がんが消える食事」みたいな情報を鵜呑みにするしかない状況でした。

その後、セカンドオピニオン、サードオピニオンを経て、妊娠を続けながら抗がん剤治療を始めることになりました。治療が始まってからは、妊娠後期の食べつわりと抗がん剤の副作用止めで食欲が増して、普通にマックのポテトを食べていましたね。ヘルシー生活は忘れて(笑)。

 

マックのポテトが異常に食べたくなるのは、妊婦あるあるですね(笑)!

 

ゆうこさんが自宅で作っていたグリーンスムージーやラタトゥイユ

 

3.体調と育児の両立:「いつもニコニコ」のママじゃなくても、いいじゃん!

■「ボスキャラ」消化液の逆流

私の手術の経緯はちょっと珍しいパターンです。

まずは分娩、そのまますぐ乳がんの手術、というスケジュールだったので、入院は外科ではなく産科だったんですね。ですから、病院食がとっても豪華で(笑)。手術前の抗がん剤治療も終わっていて吐き気などの副作用もなく、ご飯がおいしく感じられた時期でした。

一転、産後はすぐに強い抗がん剤での治療が始まり、味覚障害とひどい口内炎であまり食べられなくなりました。その時は、野菜多めでスパイスたっぷりのスープを自分で作ってよく飲んでいましたね。

この頃は、抗がん剤治療と新生児の育児が重なり、体力的にもしんどい上に時間もない時期で。実は、赤ちゃんが飲み残したミルクをコーヒーに入れて飲んだりしていました(笑)。捨てるのはもったいないし、栄養もとれるかな、って。……こんなこと言っちゃっていいのかな(笑)。

▲ゆうこさんが産科病棟で舌鼓をうった、豪華な病院食

 

ミルク、栄養とれそうですよね(笑)。

私の胃がんが見つかった時、娘は2歳でした。出身地の大阪から東京に引っ越して1年目。夫はちょうどミャンマーに単身赴任中というタイミングだったんです。さすがに手術日程に合わせて帰国してくれたのですが、手術当日に肝心の夫が高熱を出して寝込むという(笑)。

手術後、口から飲むタイプの抗がん剤で治療が始まりました。飲み始めこそ少し気持ち悪くなりましたが、副作用もさほどきつくはなかったのでサプリメント感覚でした。

ただ、後遺症がつらくて。

なかでもしんどいのが消化液の逆流です。酸っぱい胃液もさることながら、腸から逆流してくる消化液はとても苦く、胸やけもひどいです。口元まで戻ってきたらびりびりと焼けるような痛みもあって。手術から5年経ちますが、いまだにこの逆流はつらいです。

 

 

二日酔いの最終形態で出てくる、あれですね(笑)。「これが出たら、もうだめだ」ってなる(笑)。

 

 

そうです、あれです。ボスキャラ出てきたー! みたいな(笑)。ただ、それが私にとってはデフォルト(いつものこと)なんです。

逆流はいつも起こるわけではなくて、食べたものや体調によります。揚げ物を食べ過ぎたりすると逆流しやすくなりますね。基本的には、食後の数時間は気持ち悪いことが多いです。

寝るときはいつも、枕を4つ重ねて頭を高くして逆流予防をしています。でも人間は寝返りをうつわけです(笑)。寝返りをうってうつぶせや平らな状態になってしまうと、そのまま消化液が流れ出てきそうになって目が覚めてしまうんです。熟睡していたとしても体の中から起こされるような感覚で、寝不足のまま朝を迎えることもあります。

ゆうこさん、赤ちゃんの育児と抗がん剤治療が重なった時期は寝不足は大丈夫でしたか?

▲枕を4つ重ねて逆流を予防しながら、お人形が寝ているポジションで就寝。お人形は、「ママが病気のとき、一緒に眠れるように」とふたりで手作りしたそう。右はひろみさん作、左奥の小さなお人形は娘さん作です。

 

■「作り置き」から「冷凍餃子でも、いいじゃん」の境地へ

 

幸い、子どもはあまり手がかからず朝まで寝てくれるほうでしたし、夜間のミルクは夫も協力してくれました。夫が育児に積極的なタイプだったこともあって助かりましたね。

そういう意味では、どちらかというと子どもが小学生になった今のほうが大変かもしれないですね。

以前は、子どもの食べるものにはかなり気を使って、レトルトにもほとんど頼らなかったんですよ。ところがだんだん、ご飯と卵焼きとお味噌汁、と朝からきちんと作っても「食べない」とか言い始めて。キャラクターシール付きの菓子パンがいいって(笑)。朝からヘトヘトになってご飯を作っても食べないなら、もう手抜きでいいや、と割り切ることにしました。

小学生になってからは、「おいしいごはん、ママありがとう」と言ってくれる日と、「おいしくない、いらない」って文句を言う日があります(笑)。以前は週末に2〜3時間かけて作り置きしたりもしていたんですよ。ただ、それを子どもが食べないからとギャンギャン怒るのは意味ないじゃん? って気づいたんですよね。そんな時、経済評論家の勝間和代さんが「冷凍餃子でもいいじゃん。そのぶん、仕事や子どもと過ごす時間の生産性を上げたほうがいい」とおっしゃってるのを本で読みまして。「確かに! 割り切っちゃおう!」と決めましたね。

 

小学生になって子どもの自我が出てくると、「大変さ」の質が違ってきますよね!

私が手術を受けたとき、娘は「ママががんになった」なんて理解できない年齢だったので、手術の傷が痛むのに飛びついてきたりして。あの頃も確かに大変だったなと思います。

ただ、小学生になると、自分が手を動かして「お世話」することはずいぶん減りますよね。大変なこともまだまだありますが、「楽しい」が圧倒的に勝っています。

娘は、ママががんであることもポジティブにとらえているんですよ。

ものごころついた頃から「ママはがんで胃が無い」という状態なので、それが当たり前というか、特別大変なことだとは思っていないように見えます。

子どもの食事に関する悩みは、実はほとんどないですね。娘は私の胃が乗り移ったのかなというくらい食いしん坊なんです(笑)。レストランに行くと、私がお子さまランチくらいの量しか食べられなくて、残りは娘が食べてくれます。好き嫌いもなく、何を出してもぺろりと食べちゃうんです。

 

 

うちの子、給食を食べ過ぎているから家であんまり食べないのかしら。休んだ子の牛乳までもらってるって言ってました(笑)。

 

 

学校では何でもよく食べるのに家では偏食、ってお子さんの話、よく聞きますね(笑)。

私自身は、消化の悪いきのこやわかめが食べられません。ですから、食べられるものを小皿に取り分けて食べます。私は対面キッチンの中、夫と娘は食卓、というスタイルでおしゃべりしながら食べることもありますね。自分用だけ先に分けて作ったり、きのこやわかめはあとで追加したり、という工夫もしています。

 

私も、大人用と子ども用の食事は味付けをわけて作ったりしますね。大人用の味付けには刺激が欲しいですし(笑)。ただ、食事は毎日のことですもんね。私も仕事で疲れてる、子どもも言うこと聞かずにご飯食べない、なんてなると、いつもニコニコなんてできないですよ。

 

 

「聖母マリア様」みたいな母になるのは、現実的には不可能ですよ、人間ですから(笑)。

 

4.体調と仕事の両立の一歩目は「周りに伝えること」

 

 

ところで、ひろみさんは病気のことを最初から会社に伝えていましたか?

 

 

 伝えていました。私の勤務先は、保険会社ということもあって、がんの知識をある程度持っている同僚ばかりなんですよ。

がんになっても適切な治療を受ければ必ずしも悲観的にならなくてよい、という共通認識がある職場です。ですので、「がんになりました」と伝えても「えっ?」とただびっくりされるような環境ではないんですね。

実は、がんの告知の電話を受けたのも会社だったんです。

最初に受診した際は「胃潰瘍」という診断で、精密検査を受けたんですね。一週間後に検査結果を聞きに行く予定だったのが、3日目くらいに病院から「すぐ来られますか」と電話がかかってきて。上司に事情を説明し、会社からそのまま病院に向かったんです。

 

 

会社に真っ先にカミングアウトするようなかたちだったんですね。

 

 

 そうなんです。

先ほど、消化液の逆流で夜中に目が覚めてしまうので寝不足になる、という話をしましたが、手術後にそういった後遺症が出たことも会社には全部ありのままに伝えて、ご理解いただいています。そのうえで、「今朝は逆流がキビしいんで休みます」「遅れて出社します」みたいな感じで融通をきかせてもらっているんです。

営業職なので、お客さまとのお約束は自分のスケジュールにある程度合わせて設定できます。ですから、私が会社をお休みしても会社の他の誰かにしわよせがいくことが比較的少ない、というのも、後遺症と仕事の両立がしやすい理由のひとつだと思います。

会社の皆さんも「しんどいときはいつでも休んでね」と言ってサポートしてくれます。長年勤めていますが、今こうして後遺症がありながらもフルタイムで働けるのは本当にありがたい環境です。

ゆうこさんはどうでしたか?

 

がんの告知を受けた当時は業務委託で週3回、アパレルの会社にライターとして勤務していました。告知されてからは、抗がん剤治療の日は休むようにして出勤日数を減らし、産休・育休を挟んで会社に復帰しました。

会社にはがんのことはすぐに言いました。最初の告知後は治療方法がないと言われたので、「実はがんになっちゃって」「何か情報知らない?」といった感じで周りに相談したりもしましたね。がんだと伝えても、同僚が今までどおり接してくれたのがありがたかったですね。

アパレルの会社なので、周りはいろんなおしゃれを自由に楽しんでいる人ばかりでした。金髪の人もいましたし。ですから、抗がん剤治療で髪が抜けた期間、私がウィッグ(かつら)や帽子をかぶって出社しても驚かれるようなことはなかったんですよ。ネットショッピングでウィッグを選ぶときも、同僚と「これどう?」「かわいいじゃん」とか言いながら一緒に選んでもらったり。皆さん応援モードでいてくれましたね。

産休中は皆さんに仕事を引き継いでもらうこともあって、会社には事情をすぐ話しました。出産とがん手術が同時だったので、産休・育休・治療がすべて一度に終わらせられたことは、よかったなと思います。

 

▲ウイッグをつけたゆうこさん。とてもスタイリッシュ!

 

5.伝えないとわからない。遠慮せず周りを巻き込んでみてほしい

 

病気のことを周囲に伝えるべきでしょうか、と患者会で出会った方や保険会社のお客様から相談されることがあります。そんなときに私がお伝えしているのは、「言いづらいだろうけれど、できるだけカミングアウトしてみませんか」ということ。

病名を伝えられなくても、症状を伝える。そして、何ができないかについてもありのままを伝えた方がいいです。受け取る側は同じ病気を体験していないので、伝えないとわからなくて当たり前なんです。

「病気の話をしたら空気が悪くなるかも」「できない私が申し訳ない」「みんな働いているのに」など考えてしまうと、自分の事情を細かく伝えることを遠慮したくなる気持ちもわかります。けれども、何より大切なことは、きちんとコミュニケーションを取ることだと思うんです。

きちんと伝えることで、自分自身も周りの人も、働きやすくなります。伝えないままだと、周りの人も、「どこまでならできるんだろう」と探りながらになってしまって、コミュニケーションがうまくいっていないケースもあるように思います。「どこまでできるか」が未知数の状態でも、「ここはできないかもしれません」という見通しを、できるだけ話しやすい人から遠慮せずに伝えていくべし、と思います。口頭で言いにくければ、紙に書いて渡すのもいいですね。

私の場合は、会社だけでなくママ友に対しても同じように伝えています。

がんの話で暗くしちゃうかも、と心配してしまうかもしれませんが、言ったほうが自分も楽になりますし、コミュニケーションがしやすくなります。相手は伝えないとわかりません。「暗黙の了解」なんてないですからね。

 

▲ファイナンシャルプランナーの資格を生かして、「病気とお金」「子育てとお金」をテーマにした勉強会も開催するひろみさん

 

6.育児、仕事、そして治療も「がんばり過ぎない」をがんばって

 

がんと告知されて、がんばってしまう患者さんが多い気がします。でも、がんばり過ぎないことも大事です。

私自身も以前は、健康なママではないことが子どもに申し訳ない、と思って一生懸命でした。

産後、すぐに抗がん剤治療が始まったので母乳があげられなかったんですね。せめておむつぐらいは、と布おむつを使って自分で手洗いしたりしていました。仕事も続けながら離乳食も手をかけて手作りしたり、今思うとがんばりすぎてへとへとになっていました。

そんな経験を通して今は、大切なのはがんばり過ぎないこと、「いい加減」に手を抜くことだと思うんです。

実は数年前に、胆管がんだった義父を自宅で看取りました。お酒とタバコを楽しみたいから、とホスピスへの入院を本人が拒否したんですね。義母は普段から「私はいいかげんだから」と言うようなタイプで、だからこそうまく手を抜いて、共倒れにならずに自宅での介護ができたんだろうなと思います。

 

 

病院で教えてもらうことって、良くも悪くも教科書どおりのことですもんね。

 

 

そうなんです。末期がんの義父のお酒とタバコをやめさせない、って教科書どおりに考えると本来ダメじゃないですか(笑)。ただ、自分の好きなことを楽しみたい、治療も手術もしない、と自分で決めた義父が満足して眠るように人生を全うしたのを見ると、それはそれでよかったのかな、と思いますね。育児も仕事も、そして治療も、がんばりすぎないことも大切なのかな、と思います。

 


ゆうこさんがたずさわる、がんと向き合う女性のコミュニティ『ピアリング』の運営会社リサ・サーナでは、がん患者さんとご家族のためのレシピ集サイト『カマエイド』も運営しています。

【ゆうこさんからのメッセージ】 「食欲が出ない」「口内炎が痛い」「味覚に違和感がある」など、がん患者さんのお悩みごとに、管理栄養士さん考案の1,800以上のレシピの中から検索できます。パパっと時短で「少量でも栄養がとれる」レシピもたくさん紹介しています。私自身も味覚障害で苦労した経験があるので、より多くのかたに活用していただけるサイトにしたいなと思っています。

 

【参考】「食べることのお悩み」退院時から現在までの変化

 

オンライン対談を開催したのは平日の午後2時~3時とちょうど小学生の下校時間。

対談の途中で、ひろみさん、ゆうこさん、そして猫舌堂スタッフの子ども達が続々帰宅し、ウェブカメラに映っていく一幕が。

「ママー、わたしのあさがおねー、茎がのびるだけで、花が全然咲かないのー」ランドセルを置くなり始まる娘さんのお話にニコニコ耳を傾けるひろみさん。

「ママ―、習い事のお月謝どこー」「あとで持っていくからー、気をつけて行ってらっしゃーい」と息子さんを見送るゆうこさん。

ご自宅からのオンライン対談ならではのかわいい「飛び入り参加」に、おふたりの「ママの顔」をちょっぴりのぞかせていただく楽しい対談となりました。

***

ママやパパが病気になったとき、子どもや家族、周りにも迷惑をかけたくない、と「がんばって」しまうエピソードはよく耳にします。

しかしながら、ひろみさんとゆうこさんの対談からは、時には「がんばる」をやめて周りの人に頼ってみる勇気も必要かもしれないよ、というメッセージを受け取ったような気がします。

病気になっても、病気でなくても、自分らしく生きるために「教科書どおり」の枠組みからちょっと外れてみることも、選択肢のひとつになるのかもしれません。

 

※記事の内容はその方個人の感想・体験です。すべての人に当てはまるものではありません。

 「一食十色」について

「一食十色(いっしょくといろ)」とは、「自分の『一食』、そしてみんなの『一食』のあり方、食べ方にさまざまな選択肢(=十色)を拡げていく」という意味合いを込めて、猫舌堂が作ったことばです。

 猫舌堂代表の柴田はかつて、がん治療の影響で「食べること」に悩みを抱えていました。

「みんながどうやって食べているのかを知りたかった」

「ほしかったのは、『正しい情報』よりも『選択肢』」

「選択肢があれば、あんなに心細い思いをせずに、心にゆとりを持って自分に合った食べかたを探せたはず」

 ・・・当時を振り返ってそう語る柴田の言葉から始まった「一食十色」。「食べること」に悩んだ経験を持つ当事者の方の生のお声を対談形式でお届けしています。