加齢や病気などが原因で嚥下機能が低下すると、健康だけでなく生活の質(QOL)にも大きく影響します。
本記事では、食べものを口に入れて嚥下する5つの過程と、嚥下障害の症状・原因を解説します。さらに、嚥下機能を維持・向上する具体的な方法や、嚥下機能をサポートする食品やスプーンもご紹介します。
1.嚥下機能とは
「嚥下機能」(えんげ・きのう)とは、口の中で噛みつぶした食べものを飲み込んで胃に送る機能です。
食べものを口に入れて噛みつぶし、飲み込みやすいかたまりにする過程も含めて「摂食嚥下機能」(せっしょくえんげ・きのう)と言います。
食べものを嚥下するまでの過程は、次の5つに分けられます。
【食べものを嚥下するまでの過程】
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先行期
食べものの形、量などを認識し、どう食べるか脳が判断する工程 -
準備期
食べものを噛みつぶし飲み込みやすい大きさの食塊(しょっかい)を作る工程 -
口腔期
作った食塊を主に舌を使ってのどに送り込む工程 -
咽頭期
食塊を咽頭から食道へ送り込む工程 -
食道期
食塊を食道から胃へ送り込む工程
2.嚥下障害とは
嚥下障害とは、口の中の食べものを飲み込む「嚥下」の機能が弱り、食べものをスムーズに胃に送れなくなった状態です。
特に高齢者の場合、嚥下力が落ちた状態を放置してしまうと栄養状態が悪化して体力が落ち、食べる力がさらに低下する、という悪循環におちいるおそれもあります。
嚥下障害の症状
以下のような症状があると嚥下障害の可能性が考えられます。ここ数年で急に症状が出はじめた、症状がよく起きるようになった、という場合はかかりつけの病院などに相談することをおすすめします。
【嚥下障害の可能性がある症状の例】
- 食事中によくむせたり咳き込んだりする
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食事に時間がかかり、疲れて食べきれなくなる
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食べものを飲み込んだ後に声がガラガラにかれる
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食べこぼしが多くなる
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食後に胸やけがする
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体重が減る
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のどや胸がつかえたような感じがする
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よく痰がからむ
- 発熱を繰り返す
誤嚥と誤嚥性肺炎
こうした症状の中で、特に留意する必要があるのが「誤嚥(ごえん)」です。
誤嚥とは、食べものや唾液が、食道ではなく気管に入ってしまうことです。
食べものや唾液で気管が刺激されると咳が出ます。これが、「食事中に咳が出る・むせる」という状態です。
こうした咳や「むせ」でも気管内から出せなかった食べものや唾液によって肺炎が起きることがあります。これが「誤嚥性肺炎」です。誤嚥性肺炎は、体力の低下した高齢者や脳血管疾患の患者に多いと言われています。
さらに、90歳以上の超高齢者やパーキンソン病患者では、誤嚥してもむせない「不顕性(ふけんせい)誤嚥」のリスクが高いため、特に注意が必要です。
嚥下障害の診断
食事中の咳やむせなどの症状が出て嚥下障害が疑われる場合、医師や看護師は、患者さんの状態を評価し、嚥下障害かどうかを判断します(「アセスメント」と言います)。
代表的なアセスメント方法として「反復唾液嚥下テスト」「水飲みテスト」「フードテスト」などがあります。いずれも、医師、看護師、言語聴覚士など医療従事者の指示にしたがっておこなうテストです。
1. 反復唾液嚥下テスト
座った状態でおこないます。
のどぼとけを中指で軽くおさえたまま、唾液を30秒間飲み込み続け、連続して何回唾液を飲み込めるかを確認します。のどぼとけが中指を押し上げて元に戻った状態を「1回」とカウントします。3回以上であれば正常です。3回未満の場合は嚥下機能に障害があると判断されます。
2.改訂水飲みテスト
3ccの冷水を口の中に注ぎ、飲み込んでもらいます。
むせたり咳き込んだりしなければ、30ccの水飲みテストを実施します(重度の患者さんをのぞく)。3ccの冷水を嚥下できない場合や、むせたりした場合は嚥下機能の異常が疑われるため精査する必要があります。
3.水飲みテスト
30ccの水を普段どおりに飲み、嚥下の回数や咳き込み、むせの有無を確認して5段階のプロフィールに照らし合わせて評価します。
プロフィール ①1回でむせることなく飲める ②2回以上に分けるが、むせることなく飲める ③1回で飲めるが、むせることがある ④2回以上に分けて飲むにもかかわらず、むせることがある ⑤むせることがしばしばで、全量飲むことが難しい 正常範囲:プロフィール①(5秒以内) 嚥下障害疑い:プロフィール② 異常(嚥下障害):プロフィール③④⑤ |
4.フードテスト
厚生労働省の規格基準を満たしている高齢者用食品を専用スプーンで食べてもらい、むせたり呼吸が変化したりしないかを確認します。
嚥下障害の原因
嚥下障害の原因には、以下のようなものがあげられます。
- 加齢にともなう「食べる機能」の低下
- 脳梗塞や脳出血といった脳血管障害
- 神経や筋肉の病気
また、病気や病気の治療の後遺症も原因となることがあります。
1.加齢
嚥下障害の原因で最も多いのは加齢です。
のどなどの筋肉がおとろえたり、脳での認知のはたらきが低下して、嚥下がスムーズにいきづらくなります。加えて、虫歯や歯周病など口腔内のトラブルが多くなり、また、唾液の分泌量や味覚も低下するなど、食べることに関連する機能が総合的に弱くなる傾向にあります。
こうしたことが重なり、嚥下機能が低下しやすくなるのです。
2.病気や病気の後遺症など
嚥下障害の原因となる病気は大きく4つに分けられます。
【機能的原因】
嚥下障害の原因となる病気の約半数は、脳梗塞、脳出血やくも膜下出血といった「脳血管疾患」です*。病気が発生した部位や範囲によって嚥下に関わる神経や筋肉に障害が起こり、嚥下障害の原因となります。
また、認知症、パーキンソン病や、病気による筋力低下(サルコペニア)なども嚥下障害の原因となります(*出典:「管理栄養士講座改訂臨床栄養学II」)
【器質的原因】
がんなどの腫瘍やその治療(手術、放射線治療)による後遺症、炎症などにより、嚥下の際に使う舌やのどなどがうまく機能しない場合も嚥下障害が起こります。口腔がん、咽頭がん、食道がん、また、歯槽膿漏や大動脈瘤による圧迫なども嚥下障害の原因です。
【心理的原因】
うつ病や神経性食欲不振症(いわゆる拒食症)といった精神疾患が嚥下障害の原因となることもあります。
【医原性】
薬の副作用や、経管栄養チューブなどが嚥下障害の原因となることもあります。
■薬の副作用
精神安定剤など脳機能を抑制する薬は、覚醒レベルが低下するため誤嚥を起こしやすいと言われています。
また、利尿剤や一部の抗うつ剤などでは副作用で口の中が乾くことがあります。口の中が乾くと味覚や食べものを噛む機能が低下するため嚥下に時間がかかり、嚥下障害につながることがあります。
特に高齢者は薬の副作用が起きやすく、口の乾き以外にも、不随運動(本人の意思とは関係なく体が動いてしまうこと)により嚥下機能が低下することがあります。
■経管栄養チューブ
鼻から直接胃に栄養を送る「経鼻経管栄養チューブ」を使用する際には、チューブの太さによっては違和感が生じたり嚥下しづらくなったりすることも報告されています。チューブの周囲に食べものが残ったり、食べものがチューブに沿って逆流することもあり、誤嚥のリスクとなることがあります。(参考:「経鼻経管栄養チューブが嚥下に与える影響」西 将則ほか、リハビリテーション医学 2006年43巻4号)
3.嚥下障害の予防と対策
嚥下機能を維持・向上するには、食べるために使う舌、くちびる、ほお、のどの筋肉を鍛えたり、口の中を清潔に保つことが重要です。また、食べる際の姿勢の工夫で誤嚥を防ぐことができます。
嚥下機能のトレーニング
嚥下に関連するくちびる、ほお、舌やのどを積極的に動かすことで、嚥下機能低下の予防や改善が期待できます。嚥下機能のトレーニングには、食べものを使わずに間接的におこなう「間接訓練」と、実際に食べものを使って飲み込むトレーニングをおこなう「直接訓練」があります。
1.間接訓練
①リラクゼーション
顔や首、肩など上半身を中心にストレッチをおこない、筋肉をほぐします。腕を広げたり深呼吸をするのも効果が期待できます。
②くちびる・舌・ほおのトレーニング
ほおを膨らませたり、舌をべーっとだしたりして口周りの筋肉の動きをスムーズにします。
③早口ことば
食べる器官は、発声器官でもあります。
早口ことばを言ったり、大きな声を出す機能を鍛えたりすると、誤嚥しそうになった食べものを外に出す力を鍛えることになります。そのため、発声練習は嚥下機能のトレーニングとしても有効です。歌を歌うことも効果があります。
④発声訓練「パタカラ体操」
「パタカラ体操」は、誤嚥を防止する代表的な体操です。
口や舌を鍛えることで、食べたり飲み込んだりする機能の維持・向上が期待できます。
食事前におこなうと効果的であると言われています。
「パタカラ体操」は、「パ」「タ」「カ」「ラ」の4文字を3通りの方法で発音します。
発音のポイント 「パ」:口を閉じる筋肉を鍛えます。しっかり口を閉じた後、上下のくちびるを合わせて発音します。 「タ」:舌の中心の筋肉を鍛えます。舌を上あごにくっつけるようにして発音します。 「カ」:のどを閉じる筋肉を鍛えます。のどの奥に力を入れ、一瞬呼吸を止めてから発音します。 「ラ」:舌先を丸めて食べものをのどの奥に運ぶ動きを鍛えます。舌を丸めて発音します。 |
■方法1:単音の発音
「パ」「タ」「カ」「ラ」と1音ずつ発音する。
■方法2:連続の発音
「パパパ……」「タタタ……」「パタカラ、パタカラ……」と連続して発音する。
■方法3:文の発音
「パ」「タ」「カ」「ラ」の文字を含む文を発音する。
例:「パンダのたからもの」など
2.直接訓練
①食品の調整
飲み込みやすい形状に食べものを調整します。
固形物の嚥下が難しい場合は、とろみをつけたり、ゼリー状やペースト状にすることで食べることができます。
②交互嚥下
水気の少ない食べものと、とろみのあるゼリーなど、形状の違う食べものを交互に食べることで、口やのど、食道に残った食べものを胃に送ることができます。
③複数回嚥下
ひと口の食べものを複数回に分けて飲み込むことで、口の中やのどに食べものが残るのを防ぎます。
口腔ケア
嚥下機能の低下を防ぐためには、毎食後歯磨きをする、入れ歯を正しく洗浄する、などの口腔ケアをおこない、口の中を清潔に保つことも重要です。
口の中の細菌を減らすことで、誤嚥性肺炎のリスクも下げることができます。
食事環境・姿勢
食事に集中できるよう、テレビを消すなど環境を整えます。
また、椅子に深く座る、背筋を伸ばすなど、嚥下しやすい姿勢で食事をとることも大切です。
4.嚥下機能をおぎなう食事と食べやすいスプーン
嚥下機能の維持・向上のためのトレーニング、口腔ケアや食事環境に加え、食事の工夫やグッズの活用で、低下した嚥下機能をおぎなうことができます。必要に応じて、ぜひ試してみてください。
1.嚥下食(嚥下調整食)
嚥下食(えんげしょく)は、嚥下力が低下した人に合わせて、食材のとろみややわらかさ、形などを調整した食事です。嚥下食は、嚥下機能の状態に合わせた段階があります。
ゼリー、プリンやムース状の食べもの、ピューレ・ペースト・ミキサー食、舌でつぶせる「ソフト食(やわらか食)」、箸やスプーンで切れる煮込み料理などの「軟菜食」などに分類されます(参考:日本摂食・嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2013. 日摂食嚥下リハ会誌. 17(3)255-267(2013))。
▼嚥下食について詳しくはこちらスマイルケア食(介護食品)
平成27年、農林水産省は、これまで「介護食品」と呼ばれてきた食品の範囲を「栄養補給」「噛む」「飲み込む」の軸で整理し直し、「スマイルケア食」として整備、発表しました。
嚥下機能が低下している場合には、「飲み込むことが難しい人向けの食品」(下図の赤色のマーク)がついたスマイルケア食を選ぶとよいでしょう。
出典:農林水産省ウェブサイト
2.嚥下障害でも使いやすいスプーン
摂食・嚥下に困難がある方向けに、素材や形状などを工夫した専用スプーンやフォークといったカトラリーも開発されています。
口に入る部分のサイズが薄く小さいカトラリーなら、一口量が多くなりすぎず、くちびるに力が入りづらい人でも、食べこぼしたり口元が汚れる心配が軽減されます。嚥下機能や好みに合わせて、使いやすいカトラリーを選んでみてはいかがでしょうか。
がんや麻痺などによって食べることに苦痛を経験した方々が、食べる喜びを取り戻すきっかけを作りたい。そんな思いから看護師やがん経験者のメンバーによってオープンしたのが猫舌堂です。
猫舌堂のオリジナルカトラリー「iisazy (イイサジー)」は、「口を開きづらい」「一度にたくさん口に入れられない」など、食べることの悩みに寄り添い、嚥下障害のある方、嚥下障害の方の食事介助にあたる方のどちらもが使いやすいよう設計されています。
口の中に入る部分は1mm単位で削りだし、口の中で感じる微妙なズレを何度も改善しながら開発しました。
生きることは食べること。
食べることは生きること。
家族や大切な人との食事がもっと楽しくなるカトラリー、嚥下障害がある方にも、そうでない方にも、「くちびるが感動する」体験をお届けします。
■iisazy スプーン(左)
一般的なスプーンは厚みと角度があるため、口に入れて引き抜くときに上くちびるに「ガチッ」と当たってしまいます。iisazyは薄く平たい設計なので、口が開きづらい方でも口から「すぅー-っ」と引き抜けます。
■iisazyフォーク(右)
iisazyスプーン同様、薄く平たい設計です。幅が狭くフォークの歯が浅いので、パスタなどの麺料理もちょうどよい量を巻き取れます。
5.口から食べる楽しみを大切に
嚥下機能を維持すること、おぎなうことは、生活の質(QOL)を保って健康寿命を延ばすうえでとても大切だと言われています。嚥下機能が低下して食事が摂れなくなると、健康を保てなくなるだけでなく、元気に過ごしたいという意欲まで落ちてしまうことがあるためです。
本記事でご紹介した嚥下機能のトレーニングや口腔ケアなどに毎日少しずつでも取り組み、また、嚥下調整食などを取り入れて嚥下機能をおぎないながら、口から食べる楽しみを大切にしていただきたいと思います。
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