猫舌堂Webマガジン「一食十色」 color.10

猫舌堂Webマガジン「一食十色」 color.10

2023 ⁄ 01 ⁄ 07

「食べることの悩み」を経験した方たちの対談シリーズ「一食十色(いっしょくといろ)」

今回は特別編として、患者さんの摂食嚥下(せっしょく・えんげ:食べものを噛んで飲み込むこと)が専門の看護師3名と、猫舌堂代表で元看護師の柴田(愛称あっつん)との座談会をお届けいたします。

お三方は名づけて、チーム「すわろうず」

英語で「飲み込む」を意味する「swallow(スワロー)」から命名しました(カタカナ表記にすると某球団名と重なるため、ひらがな表記です笑)。

「すわろうず」の皆さんには、病気や高齢など、さまざまな理由で「食べること」に不自由のある方たちを数多く看護してこられたご経験や、「生きること」と「食べること」の深い関わり、そして、なんとなく拒否感を持つ方も少なくない「胃ろう」についても専門家の視点からお話いただきました。

 

※本座談会は2022年11月に実施しました

すわろうず座談会 メンバー紹介

 

 

たかのさん

 

関西の私立病院に勤務。看護師歴15年。認定看護師歴5年。ツイッターでは「たかの@認定ナースの情報発信局」アカウントで摂食嚥下に関する医療者向けの情報を発信中。「ロハスフェスタ」の屋台で食べるパスタがお気に入り。

 

ひかりさん

 

急性期病院に勤務する看護師歴33年のベテラン。認定看護師歴6年目。フレンチ嚥下食がいただける横浜のフレンチレストラン「HANZOYA(ハンゾウヤ)」がお気に入り。

 

さとさん

 

中部地方の公立病院に勤務。看護師歴20年。認定看護師歴10年目。訪問看護をご担当。同僚の医師、先輩看護師さんと松茸料理のコースを食べに行った際「香りがいいね、……でも食感はエリンギだね」と笑った思い出が印象的。

 

 

あっつん

猫舌堂の代表、柴田(愛称あっつん)。看護師歴24年。ソウルフードはカレー。がん治療で味覚障害や食欲不振がひどくなった時も「カレーを食べれば元気になれるかも」と、からさを最小限におさえて食べてみたほど。「味覚障害でもちゃんとカレーの味がして、元気が出ました」(詳しくは『一食十色』color.1をお読みください♪)

 

 ※本記事内に記載の「認定看護師」はすべて「摂食嚥下障害看護認定看護師」を指しています(詳細は座談会の最後にある「解説コラム」をご参照ください)。

 

本日は、「摂食嚥下障害看護認定看護師(以下、認定看護師)」の3名、名づけて「すわろうず」の皆さんにお集まりいただきました!

メンバーのおひとり、たかのさんとは、猫舌堂が2022年4月に大阪で一日限定オープンしたお食事処、「猫舌堂茶寮」をご訪問いただいたのが「はじめまして」だったんですよね。

 


そうなんです。「猫舌堂茶寮」オープンのお知らせをツイッターで見かけて、「行く予定です!」とツイートさせていただきました。

 

 夜勤明けにお越しいただいて、感激いたしました!ところで、たかのさん、ひかりさん、さとさんは、どういったつながりですか?

 

 

僕たち3人の出会いは2020年、東京で半年間開かれた研修でした。たまたま3人とも認定看護師だったということで意気投合しまして。2022年には学会の同じグループで発表することになり、今回猫舌堂さんにもご紹介させていただいたんです。

 

「すわろうず」の3人の出会いは偶然だったのですね。

では、ご経歴も勤務先も異なる皆さんが、「食べること」に関わる認定看護師になると決めたそれぞれのきっかけから教えてください。

 

1.交通事故に遭った親族の「飲み込めない」をきっかけに認定看護師の道へ ~ひかりさんの場合~

 

きっかけは、親族が19歳で交通事故に遭ったことです。それまで大きなケガや病気をしたことのなかった彼女が、一番楽しいはずの大学生時代に頭の手術を2回受け、3カ月間入院しました。

彼女の入院中の一番の楽しみは食事の時間でしたが、頭のケガの影響で、むせ込んでうまく飲み込めなくなってしまいました。そんな彼女を看護してくれたのが、認定看護師さんだったんです。

私自身の勤務先も大きな病院だったのですが、認定看護師はひとりもいませんでした。これはどうしたことか、と一念発起して認定を取るための学校に通い始めた、という経緯です。

私自身の看護師としてのスタートは手術室看護師でした。1年目は右も左もわからないまま救急救命センターに配属されたので、患者さんのご家族に寄り添うことぐらいしかできませんでしたね。時にはご家族と一緒に泣いたりして。

その後、救急病棟、HCU(高度治療室)勤務などを経験しましたが、もともとの希望だった在宅医療にたずさわりたいと思った矢先に親族が交通事故に遭ったことは、大きな転機でした。

事故に遭った彼女、今は結婚しておいしいものをモリモリ食べて元気に暮らしていると聞いています。

  

2.「食べること」を支援したい! ある重症患者さんとの出会い ~たかのさんの場合~

 

私が「食べること」を支援する看護を志したきっかけのひとつは、新人時代のある患者さんとの出会いです。

極めて重度の「くも膜下出血」の患者さんで、食事を口からとることができない状態でした。ですが、この方は最終的に口から食べられるようになり、歩けるようにもなって退院されたんです。この患者さんの回復を目の当たりにしたことで、「脳卒中」か「摂食嚥下」の分野の認定看護師になりたいと思い始めました。

その後、ICU(集中治療室)で勤務しましたが、集中治療や救急外来での経験をつむ中で、「この患者さんの病気が回復して退院した後の『生活』が見えない」ということにむなしさのようなものを感じるようになって。

食の支援をすることがすごく大事だという思いはどんどん強くなり、その後勤務先も変えて、最短で「摂食嚥下障害看護認定看護師」になる道を選びました。

 

3.寝たきりの患者さんにお口のケアを! 独学で始めた「摂食嚥下」の勉強 ~さとさんの場合~

 

看護師として初めて勤務したのは、脳外科のある病棟でした。病棟の3分の1の患者さんは、意識レベルが良くなく、嚥下障害があったり胃ろうをつくったりしていました。

当時、そういった患者さんたちが食事を食べられるような支援はあまり行き届いていませんでした。また、口腔ケアを実施する体制も十分ではないことが新人の私にもわかるほどでした。

寝たきりの患者さんは当然、自分で歯みがきもできません。口から食べものをとっていない患者さんには口腔ケアは必要ないという風潮もあり、口の中が大変な状態になっている患者さんもいらっしゃいました。

そんな患者さんたちの状況を何とかしたいとは思ったものの、看護学校でも口腔ケアや食べることについての講義はあまり実施されていないような時代でもあり、自分なりに勉強を始めたんです。口腔ケアについて先輩と一緒に勉強していたら、おのずと「食べること」「嚥下障害」につながって。嚥下障害についてもっと勉強したいと思い、認定資格を取ることにしました。

 

4.昼食時間の「ミールラウンド」は時間との戦い ~ひかりさんの場合~

 

私が現在担当しているのは、口腔ケアや食事介助のほか、患者さんに必要な栄養素がとれているかを判断したり、また、気管切開をした患者さんの呼吸の状態をみたり、この患者さんには胃ろうが必要なのかどうかの評価をしたりといった内容です。

院内用の携帯電話で呼ばれると、患者さんの嚥下の評価(食べものを飲み込めるかどうかを検査などで見きわめること)を実施しに行きます。

またお昼の時間には「ミールラウンド」をほぼ毎日、他の認定看護師や言語聴覚士さんたちと分担して実施しています。

「ミールラウンド」は、患者さんの食事(ミール)の形態などが飲み込む力などに合っているか、水やお薬はどのように飲んでいるかなどを観察することです。昼の時間は「勝負」という感じなので、自分の昼食は二の次で、患者さんの食事風景を見に走り回っていますね(笑)。患者さんによっては、朝はまずお顔だけ見て様子を確かめて、お昼ごはんのタイミングでもう一度、夕方さらにもう一度、と1日3回巡回する場合もあります。 

▲お昼時間の「ミールラウンド」で患者さんのお食事の様子を確認して周るのがひかりさんのお仕事のひとつ。ご自身のお昼ごはんはいつも後回し(写真はイメージです)。

 

嚥下はリハビリのひとつです。今日だけ看ればいいわけでも、1日3食のうち1食だけを看ればいいわけでもありません。例えば、朝は意識がぼんやりして食べられなかった患者さんがお昼になったら食べられるようになる、夕方には疲れてしまってまた食べられなくなる、そういったことが起こります。ですから、その患者さんにとって一番飲み込みづらいかたちの食事でも大丈夫か、という点を観察する必要があるわけです。

また、私たちは土日の勤務が無いので、患者さんの金曜日の食事はとても重要です。

金曜日の時点で患者さんの飲み込みの状態がよくないと判断したら、土日の食事を普通食からペースト食に変更させていただく。月曜日に出勤してみて特に変わったことがなければ普通食に近い形態に変更する、そんな対応も栄養士さんと相談しながらおこなっています。

 

5.病棟看護師さんの食事介助をアドバイス ~たかのさんの場合~

 

僕は、週に半日だけ、摂食嚥下に関する専門的な仕事をしています。

飲み込む力が不安な患者さんについての相談に乗ったり、言語聴覚士さん達と協力して、飲み込む練習やリハビリ方法について他の医療スタッフにアドバイスしたりしています。「もうちょっとこうしたほうが危険が少ないよ」みたいな感じですね。

また、看護師や栄養士など多職種が連携する「栄養サポートチーム」に所属して、患者さんがお食事を食べたり飲みものを飲んだりする際の介助方法などを指導することもあります。

僕も、ひかりさんと同じく「ミールラウンド」しています。ただ、僕の場合は、患者さんというよりは、看護師さんのケアのしかたを見ているんです。食事介助の技術不足が患者さんの誤嚥の原因になるパターンもあるので、介助のしかたを指導する役割です。

診療科によっては、患者さんの「食べること」の支援についての関心や知識量が少ないこともあります。多少誤った方法で食事介助をしてもなんとかなってしまうんですね。ただ、丁寧な介助をしないと患者さんの健康に影響が起こることもありえるので、看護師さんの知識や技術の格差を小さくする必要があると僕は考えています。

現場での指導のほかには、地域の一般の方向けの医療講演もおこなっています。テーマは、誤嚥性肺炎を予防するためにできること、栄養面のバランスの考え方など、食べることに関する全般です。

さらに、外来の患者さんの飲み込みについての評価をしながら、気管切開チューブの交換や胃ろうのケアといった「特定行為」の実践も積極的に実施しています。

この「特定行為」をお医者さんではなく認定看護師の僕たちがおこなうことで、単なる「交換作業」ではなく「栄養が足りているかどうか」という視点で観察できたり、「気管切開はもう閉じていいのではないか」とある程度判断してお医者さんに相談できたり、と幅が広がるんですね。まだまだできたばかりの制度ですが、僕たち認定看護師がいるメリットはそこにあると感じています。

▲健康と「食べること」との密接なつながりについて、一般の方向けの講演も積極的に実施しているたかのさん(写真はイメージです) 

 

6.「『ゼリー食』って何?」ご家族のフォロー役にも ~さとさんの場合~

 

 私は現在、在宅診療を担当しています。担当地域のご家庭を1日5軒ほど訪問します。

訪問先では、患者さんが飲み込みができているかを確認したり、ご家族の相談にのったりしています。食事のとり方に注意を向けながら、患者さんの生活をトータルサポートしている感じですね。

普通の食事を食べていた方が入院を機に嚥下食を食べることになった場合、食事指導を受けて退院するのですが、後日訪問すると「あれ?」という状況になっていることもあります。病院で説明を受けても、ご家庭に戻るとどうすればいいかわからなくなってしまうものなんですよね。ご家庭の環境もさまざまですし。

たとえば、「お食事は『ゼリー食*1』で用意してください」と言われたのに、ご家族は「ゼリー食」がどんなものなのかわからない、といったケースですね。

老々介護も多いですし、認知症のご家族が認知症の患者さんを介護しているお宅もあり、アドバイスをしてもご理解いただけないことも多々あるので、きめ細やかなフォローが必要です。

その他、看護学校で講義をしたり、新人看護師対象の研修や、経験ある看護師対象の勉強会などを開催しています。また、看護師や栄養士など多職種が集まる摂食嚥下のチームに入って、患者さんと一対一でお話ししたりしながら、チームで関わる前、関わっている期間中、そして関わった後の食事の変化を確認したりしています。

 

 *1ゼリー食:料理をペースト状にし、ゼラチンや寒天などを加えて柔らかく固めたもの(出典:かいごガーデン

▲「ゼリー食」の一例(出典:株式会社フードケア

 

7.誤嚥防止には「すわらず」「寝たまま」の食事も選択肢に

 

 

同じ「認定看護師」でも、皆さんそれぞれ異なる役割をになっていることがよくわかりました。患者さんの「食べること」をサポートするために、認定看護師ならではの視点がとても重要なのですね。

 

認定看護師として、ほかの看護師やお医者さんにアドバイスや提案をすることは多いです。

病気にかかった後、早いタイミングから食べることのリハビリをするのが大事だということは、医療者はわかっているので。ただ、早期のリハビリが大事ということと、座って食事をするということは必ずしもイコールではない、ということを知ってほしいですね。

ある時、医師から「患者さんが手術後最初の食事をとるので見に来てください」と依頼されたんですね。行ってみたら、患者さんは食事時間のだいぶ前から車いすに座らされているんです。数時間前に人工呼吸器を外したばかりの方で、座るだけでへとへとに疲れ切ってらっしゃいました。

でも、本当に大切なのは食事の前に患者さんを疲れさせないことなんですよね。

わざわざ車いすに座ってもらわなくても、手術後最初の食事はベッド上でもいいんですよ。まずは患者さんにベッドに戻って休んでいただいてください、と言いたいです。

院内研修でも「お食事はベッド上で、30度にリクライニングしたポジションからスタートしましょう」と伝え続けて、最近ようやく浸透してきました。

 

これは、あるあるですね(笑)。

「早期リハビリ」の名目で、患者さんに動いてさえもらえばいいという感覚になってしまっていないか、立ち止まって自問していただきたいところですよね。

僕自身も「患者さんがもう疲れているから、ベッドに戻してあげて」と言った経験があります。座っているだけで疲労する方もいるので、患者さんに座ってもらうのは食事の直前が理想です。もちろん、病棟の業務の都合上そのタイミングでしか患者さんを起こせないこともあるので、そこはさじ加減かな、と思いますけどね。

実は、患者さんに横向きに寝たままの姿勢で食事をとっていただくこともあります*2ただ、他の看護師さんから「え?食事は座って食べなきゃだめですよ!」と言われることも多いです。もちろん、座って食べることは大切ですが、正解はひとつだけではない。

僕がよく言うのは、「皆さんだって、ソファに横になってポテチ食べたりしますよね」ということです。お行儀は悪いけど、誰だって一回くらいありますよね(笑)。患者さんが座って食べるのが難しいのに、寝たまま食べることを制限するのはおかしくないですか、ということなんです。座ることはもちろん大事ですが、その人その人に合った座り方や位置を探せたらいいなと思います。

*2横向きに寝たままの姿勢で食事:2012年に日本人医師が論文発表した「完全側臥位(かんぜんそくがい)法」。重力を利用して食べものをのどの奥から食道に送り込むため、誤嚥を防ぎやすいと言われています。症状等によってこの方法が適さない方もいますので、必ず専門家に相談してください。

 

 

食事をとるときは、必ずしも「すわらず」で大丈夫、ということですね。「すわろうず」だけに(笑)。

 

 

そうですね(笑)。

70〜80歳代の方は、介護される側も、介護するご家族も、「ごはんは座って食べる」ことがきまりというか、習慣になっています。

病院では「ベッドに寝て30度の角度に起こしましょう」という指示どおりにしていても、家に戻ると「しっかり食べたいから姿勢もしっかりする」とおっしゃることがよくあるんですよね。「起きたほうがしっかり食べられるから」と。それに、寝たまま食べるのはお行儀が悪いという考え方も、世代的に根強いでしょうね。

病院では、ベッドに寝ているだけではなく車いすに移動して座ってもらいたい、というのが基本的な考え方です。ベッド上だけでの生活から、ベッドから離れて生活の範囲を広げたり、体の機能を回復してほしい、という観点ですね。ただ、その考え方と「食べること」は分けて考えたほうがいいと思います。

安全に食べられると、食べる量も増え、栄養状態が維持・改善できます。その結果、トイレまで歩けるようになる、お買いものに行けるようになる、といったことにもつながるわけです。「食べること」が結果的にリハビリの役割を果たしている、と言えるかもしれないですね。

 

8.食べる時間は「だんらんの時間」。疲れるまで食べ続けることに意味はある?

 

私の母は認知症と脳梗塞を患っていて、父が介護しています。

父の様子を見ていると、やはり食べさせることに必死なんですよね。食べるのにかかる時間は考えず、完食させることに一生懸命。

朝食を食べ終わるころには、もうお昼の時間、という感じなんです。そうかといって、少しずつちょこちょこ食べさせる、となると、食事づくりも大変ですよね。

病院では、完食できなくても濃厚流動食などで栄養を補うことができます。でも、ご家庭ではそうもいかないわけで、どうしても食事を完食させたくなってしまう。理屈では解決できないこともあると実感しています。

 

病棟の看護師さんは、なかなか食べられない患者さんにもなんとか食べてほしいという思いで45分、60分と時間をかけてくれるんです。時間のない中、本当にありがたいと思います。ただ逆に、患者さんは疲れて目も閉じてきて、食べたいという意欲も薄れてしまっていたりします。そういった様子を見ると、食事にかける時間は長ければ長いほどいいというわけではないと感じます。

 

「看護師本人は5分で食べてるやん」って思うんですよね(笑)。

介助する本人は流し込むように食べているのに、患者さんの食事介助にはなんでそんなに時間かけるのか、と(笑)。

考えたいのは、患者さんの食事に1時間もかけるメリットはどこにあるのかな、ということです。自分自身がカフェに行ったとき、どれだけゆっくり食べても30分ぐらいが限界だと感じます。

また、文献などでも、食事を「楽しむ」という視点では所要時間は30分くらいが妥当ということが言われています。そうであれば、食事に30分以上かかる患者さんには、無理せず他の方法を考えた方がいいのかなと思っています。

また、退院後に「自宅」という環境でおいしく食べ続けるためにも、やはりさまざまな配慮が必要だと思います。「食べる」って団らんの場ですよね。団らんの場なのに疲れてハァハァ言いながらでも食べなくてはいけないのかな、という視点で考えると、家族みんなで一緒に食べるためには何ができるかを考えるのが、シンプルなように思います。

病院では、患者さんにはできるだけがんばって食べてほしい、ということは、看護師さんや他の医療スタッフが願うところではあるんです。僕もそれはとても理解できます。

ただ、その願いは、あくまで医療者目線の考え方なんですよね。

今後は、そういった医療者の目線と患者さんの目線とのギャップを埋めていく考え方ができるかどうかがカギになってくるような気もします。

 

9.「食べ方」を手伝うことは「生き方」を手伝うこと

 

1日3回の「食べること」は、人間の生活の中でおそらく一番多い行為ですよね。そう考えると、楽しむことはとても大切だと感じます。食べることの目的が「栄養をとる」だけだと食事の「楽しみ」が「苦しみ」になってしまうんですよね。逆に、とれる栄養が半分であったとしても、「楽しみ」の視点を大切にするのがいいんじゃないかな、と思いますね。

私の母は身体障害者手帳1級、要介護5なので、在宅介護も難しいような状態です。最近病状が進み、言葉も出ず食事もとれなくなっています。母のこんな状況に対して、父は「施設に入れず家で看て、経鼻チューブも胃ろうも点滴も入れない」という選択をしました。その考えも、それはそれで「あり」なのかなと思います。

もちろん個人的には、元気になるために胃ろうという選択もあるとは思います。ただ、食べることはいわばその人の生きざまであり、その人の選択です。これが「いい」とか「悪い」といった次元の話ではないんですよね。

私たち看護師が提供できるのは、元気になるためにこんな方法がありますよ、ただしこんな制約が出てきますよ、という「ご提案」だけです。

ご高齢の方の中には、食べることができなくなったら寿命だから、という考えを持つ方も少なくないですしね。

一方で、がんの手術後「腸ろう*3」をつくった95歳の患者さんを知っていますが、それもその方の選択。看護師として選択肢のご提案はしますが、最終的にはその方が望む生き方を手伝うことが私たちの仕事なのかな、と思っています。

*3腸ろう:お腹に穴をあけて小腸までカテーテルを通し、そこから栄養を直接摂る方法

(参考:ココファン「腸ろうとは?メリット・デメリットから胃ろうとの違い・介護方法まで解説!」

 

10.胃ろうでも「ビールでちょっと乾杯!」してもいい

 

僕は、胃ろうの方にも食の支援はできる、と思っています。

胃ろうには栄養剤とお白湯しか入れてはいけない、と思い込んでいる看護師さんは多いと思います。ただ、僕自身は、たとえば一緒にいる家族が飲んでいるビールやワインを入れて、「お腹からだけど、ちょっと一緒に飲もうよ」と楽しむ選択はありじゃないかなと思っているんです。食べているものをスムージーのようにしてちょっと入れたりね。QOL(生活の質)という観点では、そういったほうが満足度が高いと思うんですね。食事が、栄養をとるための「義務」ではなくて「楽しみ」になるのかな、と。

胃ろうをつくったらもうおしまいだ、ではなくて、逆に、「食べること」の自由がきくようになるかもしれない、というとらえ方も知ってほしいなと思いますね。

また、今後はもっと世間での「摂食嚥下障害」の認知が広がればいいなとも思います。

体の機能に障害があって動けないから車いすに乗っている、という状態でしたらすぐにわかりますよね。でも、「食べる」障害があることはなかなか見えづらいわけです。

「食べる」障害というものがある、ということが広まれば、食の支援ももっとしやすい環境になるのかな、と思っています。

たとえば、口から食べることが難しいお子さんの場合、お母さんが食事をブレンダーなどでペースト状に加工して、一緒に食べたりされています。小児医療に関わっている人はそうした現状も知っていますが、大人や高齢者医療に関わる看護師さんや医療関係者にはまだまだ知られていません。こうした情報をいろんな立場の人たちが共有できるといいな、と僕は思います。

食事支援が必要な子どもがいるママとパパのコミュニティ 「スナック都ろ美(とろみ)

 嚥下障害がある子どもを持つママやパパたちが「仮想スナック」というユニークな切り口で立ち上げたコミュニティ。

「みんながふらっと気軽に立ち寄れる、悩み事などを気軽に吐き出す場をつくりたい」というコンセプトのもと、とろみ食のレシピや食事に役立つ情報紹介、オンラインイベントの開催などをおこなっています。

 

ひかりさんがおっしゃっていたとおり、胃ろうは「生き方」だと思います。

 ある80代の患者さんは、意思疎通もとれず寝たきりの状態でしたが、ご家族の希望で胃ろうをつくりました。一方で、胃ろうをつくらず施設に行かざるをえなかったという人もいらっしゃいます。

 また、胃ろうにはしたものの、こんなの絶対いやだ、次の交換はしない、と口から食べる訓練を始めて胃ろうを使わなくなったという方や、胃ろうをつくるような状況だけれど「誤嚥してもいいから私がつくった食事を食べてほしい」というご家族の希望で、がんばって口から食べている方もいるんですね。

 胃ろうに関する情報の提供は必要ですが、その中で決めるのは本人やご家族です。胃ろうをつくっていい、とか悪い、でもありませんし。ですから、たかのさんが言われた「胃ろうからビールの注入」もいいと思いますね(笑)。胃ろうに対する考え方やとらえ方も変わっていけばいいなと思います。

■猫舌コラム 「私の腹ピアスです」 職場復帰のため胃ろうを選択 ~里奈さんの場合~

(写真:中日新聞「舌はないけど」2019年6月18日付より)

がんで舌をほぼ摘出した荒井里奈さん。2018年から中日新聞で連載されたコラム「舌はないけど」では、ご自身のがん体験を語る市民向け勉強会で胃ろうの実演をしたエピソードを紹介されています。

「職場復帰して忙しくなってもスムーズに栄養補給できるように」と胃ろうを選択された里奈さん。「舌を切除した患者が社会復帰するには、とても便利な補助手段」であると、ご自身の思いを書いておられます。

(出典:中日新聞「舌はないけど」(29)胃ろうの実演 見ることが理解の早道

 

すわろうずの皆さんがおっしゃるように、胃ろうは「生き方」のひとつ。胃ろうを選ぶ方、選ばない方、それぞれが自分らしく「食べること」に向き合えることを猫舌堂は願っています。

 

胃ろうにスムージーやビール、というお話で気になったのですが、胃ろうでも味覚を感じるのですか?

 

 

知り合いの訪問看護師さんたちから聞いた話では、味を感じるというよりは、胃ろうから立ちのぼるにおいを感じ、そのにおいを「味」と感じる方がいらっしゃる、ということのようですね。

 

 

そうなんですね!

どんな形状の食事であっても、また、口からは食べられなくても、誰もが「食べること」を楽しめる世の中になるように、認定看護師の皆さんのような方の輪が今後ますます広がることを心から願います。本日はありがとうございました!

 

 

 

ありがとうございました!

 

 

解説コラム ~「認定看護師」とは~

認定看護師は、水準の高い看護を実践できると認められた看護師です。600時間以上の特別な研修等を受け、認定審査に合格することで認定資格を取得できます。

「摂食嚥下障害看護認定看護師」であるすわろうずの皆さんは、以下の認定分野について資格を取得した看護師です。

・摂食・嚥下機能の評価および誤嚥性肺炎、窒息、栄養低下、脱水の予防

・適切かつ安全な摂食・嚥下訓練の選択および実施

(参考:日本看護協会リーフレット「認定看護師ってどんな看護師?」

※日本看護協会では20以上の認定看護分野を定めています。本記事中に記載された「認定看護師」は「摂食嚥下障害看護認定看護師」のみを指しています。

また、すわろうずの皆さんは「認定看護師」であることに加え、気管に入れたチューブの交換や胃ろうのチューブ交換など「特定行為」と呼ばれる、高度で専門的な知識と技能が必要な行為を実施するための特別な研修を受講した看護師でもあります。

(参考:日本看護協会「看護師の特定行為研修制度」

 

 

たかのさんと猫舌堂のツイッターでのご縁がきっかけに実現した今回の座談会。実は、2022年9月に開催された学会で、ひかりさん、さとさんとも初対面させていただいた柴田でしたが、患者さんのお食事で使うスプーンの形状などについて、初対面とは思えないほどお話が盛り上がっていました。

患者さんが入院しているあいだの体調管理だけにとどまらず、退院してからも毎日続く「食べること」そして「生きること」を支えたい、そんな「摂食嚥下障害看護認定看護師」の皆さんの医療者としての強い意志と、ひととしてのあたたかさを感じる座談会となりました。

「食べること」に悩んだとき、「摂食嚥下障害看護認定看護師」のことを思い出していただければ幸いです。

※記事の内容はその方個人の感想・体験です。すべての人に当てはまるものではありません。

 「一食十色」について

「一食十色(いっしょくといろ)」とは、「自分の『一食』、そしてみんなの『一食』のあり方、食べ方にさまざまな選択肢(=十色)を拡げていく」という意味合いを込めて、猫舌堂が作ったことばです。

 猫舌堂代表の柴田はかつて、がん治療の影響で「食べること」に悩みを抱えていました。

「みんながどうやって食べているのかを知りたかった」

「ほしかったのは、『正しい情報』よりも『選択肢』」

「選択肢があれば、あんなに心細い思いをせずに、心にゆとりを持って自分に合った食べかたを探せたはず」

 ・・・当時を振り返ってそう語る柴田の言葉から始まった「一食十色」。「食べること」に悩んだ経験を持つ当事者の方の生のお声を対談形式でお届けしています。